My Favorite F-1 RACE 10選


今や50年以上の歴史をもつF-1世界選手権。現在に至るまで多くのドラマがあった。
黎明期は10戦未満だった年間レース開催数も、近年は欧州でのタバコ規制問題が激化、
アジア開催のレースが増加。それに伴って年間レース開催数も増加して今や19戦。
正直多すぎると思うが、まぁ多く見れるのはいいかなぁと(関係者泣かせだが・・・)
そんな数多のレースの中から、エクシが好きなレースを10個厳選。
どうしてもフジテレビF1中継開始(1987年)以後に集中するけど・・・
それでも10に絞るのは難航しました。折れて20選にしようかなと思ったし(爆)
1番好きなドライバー・セナのレースになりがちですが、どうぞ見てやってください。


INDEX
1986年オーストラリア 1992年モナコ
1987年イギリス 1993年ヨーロッパ
1988年日本 1997年ドイツ
1991年ブラジル 2000年ベルギー
1991年日本 2005年日本





1986年第16戦オーストラリア

この年を圧倒的なパワーで席巻したウィリアムズ・ホンダのピケとマンセル。
連覇の夢をかろうじて繋いでいるマクラーレン・TAGポルシェのプロスト。
セナ(ロータス・ルノー)が脱落し、最終戦までタイトル争いに残ったのは彼ら3人。
最終戦に臨むにあたって、タイトルに1番有利だったのはマンセル。
彼は自分が3位表彰台に上がれば無条件でタイトル獲得である。
ピケとプロストは優勝するしかない立場だった。
こうして始まったレースはプロストの同僚・ロズベルグが首位。現役最後のレースだ。
マンセルは初タイトルへのプレッシャーからかいつもの猪突猛進振りが影を潜めた。
ピケとプロストはマンセルの後を追う展開となった序盤戦。
ピケは途中スピンを喫するが、コースには踏みとどまり4位降格。
プロストはタイヤを労わり、32周目でタイヤ交換へ。ピケと入れ替わりで4位へ。
44周目にピケがマンセルを交わし、2位浮上。まだマンセルは3位。
ピケに先行されようが、マンセルは3位でゴールすれば王座獲得なのだから。
この時点での順位は1位ロズベルグ、2位ピケ、3位マンセル、4位プロスト。
しかし、レース終盤の63周目にタイヤの異常発生でロズベルグリタイア。
新品タイヤでペースを上げてきたプロストにマンセルは抜かれて3位。
その直後の64周目の直線でマンセルに悪夢が。何とタイヤがバーストし、リタイア。
この時点でマンセルの夢は儚く散った。86年最多勝の男は涙を飲む結果となる。
これで王座争いはピケとプロストに絞られた。
マンセルがタイヤで脱落し、ピケも二の舞だけは避けねばと、65周目にピットイン。
こうしてプロストが首位へ立つ。コース復帰後にピケが猛追するが、僅差で届かず。
プロストが優勝し、85年・86年と王座連覇の快挙を成す。
一番不利な条件だった者が最後に笑う。
プロストにとっては大逆転劇、マンセルにとっては手中にしかけていた王座を逃す悲運。
F1が持つ戦いのスペクタクルを感じさせた名勝負だった。

順位 No. ドライバー マシン
1位 アラン・プロスト マクラーレンMP4/2C・TAG
2位 ネルソン・ピケ ウィリアムズFW11・ホンダ
3位 28 ステファン・ヨハンソン フェラーリF186
4位 マーティン・ブランドル ティレル015・ルノー
5位 フィリップ・ストレイフ ティレル015・ルノー
6位 11 ジョニー・ダンフリース ロータス98T・ルノー


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1987年第7戦イギリス

前年以上にウィリアムズ・ホンダがシーズンを席巻。ドライバーもピケとマンセル。
この年はこの2人でタイトルが争われた。第7戦イギリスでも両者の意地が激突。
ストウコーナーでピケとマンセルが激しいサイド・バイ・サイド。
F1最大の魅力・バトル、それも王座を争っている者同士のバトルにファンは酔う。
また、このレースでホンダエンジンが偉業を成し遂げた。
マンセル・ピケ・セナ・中嶋悟で1位〜4位まで独占したのだ。
記憶と記録の両面を深く刻み込んだ貴重な一戦であった。

順位 No. ドライバー マシン
1位 ナイジェル・マンセル ウィリアムズFW11B・ホンダ
2位 ネルソン・ピケ ウィリアムズFW11B・ホンダ
3位 12 アイルトン・セナ ロータス99T・ホンダ
4位 11 中嶋 悟 ロータス99T・ホンダ
5位 17 デレック・ワーウィック アロウズA10・メガトロン
6位 19 テオ・ファビ ベネトンB187・フォード



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1988年第15戦日本

記録ずくめの年となった伝説の88年。
マクラーレンに移籍してきたセナ、最多勝男プロスト。そしてホンダエンジン。
ここまで14戦を消化してセナ7勝、プロスト6勝とシーズンを完全支配。
当然タイトル争いもこの2人になる。
激しいバトルの末、タイトル争いは鈴鹿までもつれ込んだ。
ホンダの地元・鈴鹿。ここでセナが優勝すれば初の王座獲得である。
緊迫感に包まれた決勝レースは、スタートでまず波乱が起こった。
PPのセナがエンジンストール!
しかし、鈴鹿のホームストレートが下り坂だったためエンジンがかり、奇跡の再始動。
大きく出遅れたセナだが、ここから歴史的な猛追劇が始まってゆく。
11周で3位のベルガーまでを抜き去り、20周目にはカペリを捕らえてパス。
後は首位をゆくライバル、プロストしかいない。
すると小雨が降り出してきて、濡れた路面に強いセナはここで差を一気に詰める。
そして、その時は訪れた。
28周目の1コーナー手前のストレートエンドでプロストをパス。
あの有名な空撮ショットのヤツだ。
首位に立った後もセナは気を緩めることなく快走。
チェッカーを受ける前からガッツポーズを見せ、遂にゴールの時を迎えた。
こうしてF1デビューから5年目にして、セナが念願のワールドチャンピオンを獲得。
ホンダの創始者・本田総一郎もセナを祝福。
思えば、ここからホンダとセナの絆が深まっていったのかも。

順位 No. ドライバー マシン
1位 12 アイルトン・セナ マクラーレンMP4/4・ホンダ
2位 11 アラン・プロスト マクラーレンMP4/4・ホンダ
3位 20 ティエリー・ブーツェン ベネトンB188・フォードDFR
4位 28 ゲルハルト・ベルガー フェラーリF187/88C
5位 19 アレッサンドロ・ナニーニ ベネトンB188・フォードDFR
6位 リカルド・パトレーゼ ウィリアムズFW12・ジャッド



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1991年第2戦ブラジル

未知数のV12エンジン、未知数のMP4/6シャシーで挑んだ開幕戦を結果的に圧勝したセナ。
そして帰ってきた母国ブラジル。84年のF1デビュー以来、未だここで勝った事はない。
ここ数年は惜しい敗戦が続いており、その度に母国優勝は翌年に持ち込まれていた。
それだけにセナの母国グランプリ優勝への思いは計り知れないものがあったのだろう。
そして、91年ブラジルGPはセナのレース人生において忘れがたきレースとなった。
序盤〜中盤は首位独走のセナと、忍び寄るウィリアムズのマンセルとのマッチレース。
セナとマンセルの後方ではリタイアが続出。ティレルの中嶋悟もリタイア。
更にセナを猛追するマンセルにもトラブルが。
25周目のピットインでセミオートマトラブル、大幅にタイムロスする。
ロスを埋めようと必死の追撃も、60周目にミッションが壊れてリタイア。万事休す。
これで楽勝になったかのように思われたセナ。
しかし、そんな彼のマシンにもトラブルが襲い掛かっていた。
スタートの時点からマシンのギヤボックスが不調で、4速が壊れた。
レースが進むにつれて、3速、5速も潰れ・・・終盤、セナは6速だけで走っていた。
低速のインフィールドも6速で走り、ただただ栄光のトップチェッカーを目指す。
マンセル脱落後、2位浮上のパトレーゼ(ウィリアムズ)もセナには追いつけない。
そしてセナは悲願を達成する。ブラジルはセナ一色に染まった。

順位 No. ドライバー マシン
1位 アイルトン・セナ マクラーレンMP4/6・ホンダ
2位 リカルド・パトレーゼ ウィリアムズFW14・ルノー
3位 ゲルハルト・ベルガー マクラーレンMP4/6・ホンダ
4位 27 アラン・プロスト フェラーリ642
5位 20 ネルソン・ピケ ベネトンB190B・フォードHB
6位 28 ジャン・アレジ フェラーリ642



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1991年第15戦日本

俺が初めてF1をテレビで見たレース。今となっては何もかもが懐かしく思える。
あの時見た紅白に彩られたマクラーレン・ホンダのマシンが、今でも鮮明に覚えている。
そして、それがセナをリアルタイムで見た最初で最後のレースになろうとは思いもせず。
開幕4連勝を果たしたセナと、中盤以降のウィリアムズ大躍進と共に波に乗るマンセル。
91年のタイトル争いはこの2人に絞られていた。
フェラーリのプロストはマシンが失敗作で大不振のシーズン。
終盤にまで縺れたタイトル争いは、またしても日本の鈴鹿の地に持ち込まれた。
セナは過去ここで2回の王座を決めている。マンセルは未だに無冠。
そして開幕した91年日本グランプリ。
予選ではセナの同僚ベルガーがコースレコードでPP獲得。
これは10年以上破られなかった記録となる(ベルガーはその事を知らなかった:笑)
タイトル争いの渦中にいるセナは2番手、マンセル3番手。
それまでは天候不順だったが、決勝日の鈴鹿の空は秋晴れに恵まれた。
レースはベルガーが怒涛のハイペースで逃げて行き、セナがマンセルを抑える。
優勝するしかないマンセルにとっては最悪な展開。ベルガー優勝で王座の夢が消える。
セナは最低限のペースでマンセルを巧みに押さえる。苛立つマンセル。
長い事続くと思われたバトルだが、その幕切れは早くも10周目に訪れた。
1コーナーでセナの背後をついたマンセルだったが、オーバースピードでコースアウト。
縁石を乗り上げてサンドトラップの中へ突っ込み、マンセルリタイア。夢は潰えた。
この瞬間にセナの2年連続、3回目のワールドチャンピオン獲得が決定した。
マンセルのプレッシャーがなくなったセナは、首位ベルガーを猛追する。
序盤のハイペースでタイヤを痛め不安なベルガーを18周目に抜き去り首位へ。
チェッカーはセナ、ベルガー、パトレーゼの順で受けるかと思われた。
しかし、ドラマは最終ラップの最終コーナーで起きた。
セナがペースを落とし、右手を挙げてベルガーを前に行かせた。ベルガーに優勝を譲渡。
マクラーレンのピットがセナに無線でベルガーを前に行かせるように言ったらしい。
セナのタイトル獲得に貢献、ベルガーのドライバーズランキング向上などが要因だとか。
もちろん賛否両論。形はどうであれ、マクラーレン移籍後初勝利の事実は間違いない。
また、このレースはF1パイオニア中嶋悟の鈴鹿ラストラン。しかしトラブルでリタイア。
F1と日本の距離を縮めた立役者の一つの時代が終わってゆく。
様々なシーンが劇的に展開した91年鈴鹿。
今でもこの時の鈴鹿がフラッシュバックする。

順位 No. ドライバー マシン
1位 ゲルハルト・ベルガー マクラーレンMP4/6・ホンダ
2位 アイルトン・セナ マクラーレンMP4/6・ホンダ
3位 リカルド・パトレーゼ ウィリアムズFW14・ルノー
4位 27 アラン・プロスト フェラーリ643
5位 マーティン・ブランドル ブラバムBT60Y・ヤマハ
6位 ステファノ・モデナ ティレル020・ホンダ



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1992年第6戦モナコ

前年からウィリアムズの大躍進は始まっていた。それが大ブレイクした92年。
毎戦毎戦ウィリアムズ・ルノーが1−2を築き、退屈症候群とまで言われた。
エースであるマンセルは前人未到の開幕5連勝を築き、ここモナコへ乗り込んできた。
名門ウィリアムズはF1参戦以来、モナコで僅か2勝。マンセルに限っては未制覇。
モナコは「ここの1勝が他の3勝に値する」と言われるほど、有名なコース。
それだけにここは是が非でも勝ちたい。
しかし、是が非でも勝ちたいのはセナも同じだった。
旧車の改良型MP4/6Bも新車MP4/7もウィリアムズに全く歯が立たず、ここまで大苦戦。
しかしモナコなら・・・モナコマイスターのセナなら、ここで一矢報いてくれるのでは?
という微かな願望を乗せて、第50回のモナコグランプリ決勝レースが始まった。
スタートでパトレーゼをパスして2位浮上。ウィリアムズ鉄壁体制の1枚を崩す。
しかしそれ以後はマンセルを猛追するというより、2位を死守するといった感の走り。
モナコマイスター・セナをもってしても、最強ウィリアムズに引き離されていく。
しかし、レースは思わぬ展開を迎える。
終盤の71周目に首位独走中のマンセルが緊急ピットイン。
マンセルはパンクしたと思い、ピットに入ったそうだ。
そのピット作業の間にセナは92年になって初めて首位に立つ。
タイヤは実はパンクしたのではなく、ナットが緩んでいただけのマンセル。
コース復帰後、ウィリアムズのパフォーマンスを最大限に発揮。すぐセナに追いつく。
しかし、モナコ市街地コースは幅が狭く、抜く場所がないサーキットだ。
この抜けないコースでマンセルは至るところで仕掛けるも、セナが懸命のブロック。
世界中の目はこの2人のデッドヒートに釘付けとなる。
このレースの実況をしていたフジテレビ三宅アナウンサーのエキサイト振りも印象的。
こうして後世に語られし歴史的名勝負はラスト3周に渡って繰り広げられ、セナが優勝。
92年セナ初勝利と共にグラハム・ヒルと並ぶモナコ5勝目を挙げた。
表彰式後、2人のシャンパンファイト。疲労しきって座り込むマンセルが印象的。
このモナコグランプリは50回目の節目に相応しい歴史的レースであった。

順位 No. ドライバー マシン
1位 アイルトン・セナ マクラーレンMP4/7・ホンダ
2位 ナイジェル・マンセル ウィリアムズFW14B・ルノー
3位 リカルド・パトレーゼ ウィリアムズFW14B・ルノー
4位 19 ミハエル・シューマッハ ベネトンB192・フォードHB
5位 20 マーティン・ブランドル ベネトンB192・フォードHB
6位 29 ベルトラン・ガショー ベンチェリLC92・ランボルギーニ



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1993年第3戦ヨーロッパ

マンセル引退後、最強マシンのシートを手に入れF1に復帰したプロスト。
セナはホンダエンジンなきあとのマクラーレンで挑んだ93年。
ここ第3戦ドニントンまで、セナ1勝、プロスト1勝。劣勢ながら健闘しているセナ。
前戦ブラジルで奇跡的勝利を挙げたセナだが、更なる伝説が築かれようとしていた。
レースは雨の中スタート。伝説は1周目に凝縮されると言っても過言ではない。
予選4位から1つ順位を落としたセナだが、まずは2コーナーでシューマッハをパス。
ヘアピンではベンドリンガーをアウト側からパス。これで3位浮上。
マクラーレンズ・コーナーでヒルをパスし、残るは首位プロストのみ。
この異次元の走りを見せたセナは、プロストもオーバーテイク。遂に首位に立つ。
この間僅か1周。
F1史上最高とも謳われている「オープニグラップ4台抜き」を演じたセナ。
その後も鬼神の走りで快走。
天候に翻弄されるライバルのプロストらを尻目に、レースを完全に掌握した。
レース結果はセナの圧勝。2位ヒルを大差で引き離し、3位以下に至っては周回遅れ。
劣勢のマシンを駆って、この恐るべきパフォーマンス。凄いとしか言いようがない。
セナの心技体の結晶がここに極まったかのような感じさえする見事なレース。

順位 No. ドライバー マシン
1位 アイルトン・セナ マクラーレンMP4/8・フォードHB
2位 デーモン・ヒル ウィリアムズFW15C・ルノー
3位 アラン・プロスト ウィリアムズFW15C・ルノー
4位 12 ジョニー・ハーバート ロータス107B・フォードHB
5位 リカルド・パトレーゼ ベネトンB193B・フォードHB
6位 24 ファブリシオ・バルバッツァ ミナルディM193・フォードHB



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1997年第10戦ドイツ

97年はベルガーにとって最後のF1シーズンとなった。
これまでタイトル争いに加わることなく、同年サンマリノGPで200戦出走を記録した。
奇しくも親友セナと後輩ラッツェンバーガーを亡くしたコースで。
忌まわしき94年以後も走ることを続けたベルガー最高のレースが97年ドイツGP。
この頃は彼の父親が亡くなり、ベルガー自身耳の病気でF1から3戦ほど休んでいた。
その復帰初戦となるドイツの高速サーキットでベルガーは怒涛の快進撃を開始する。
ウィリアムズやフェラーリに比べると劣勢のベネトン・ルノーでPP獲得。
レースで失速する予想とは裏腹に、完璧なレース展開でポール・トゥ・ウイン。
亡き父に捧げる会心の勝利は、ベルガー通算10勝目。自身F1最後の勝利となる。
それにしても素晴らしい内容だった。まるで親友セナを彷彿とさせるかのような。
若い頃から高速コーナーが得意だったベルガー。
もしF1が高速コースだらけなら、ベルガーがタイトルを取っていた可能性も高い。
それぐらい高速コーナーには無類の強さを発揮していた。

順位 No. ドライバー マシン
1位 ゲルハルト・ベルガー ベネトンB197・ルノー
2位 12 ジャンカルロ・フィジケラ ジョーダン197・プジョー
3位 ミカ・ハッキネン マクラーレンMP4/12・メルセデス
4位 ミハエル・シューマッハ フェラーリF310B
5位 ハインツ・ハラルド・フレンツェン ウィリアムズFW19・ルノー
6位 ジャン・アレジ ベネトンB197・ルノー



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2000年第13戦ベルギー

復活したマクラーレンを駆り、98年、99年とチャンピオンになったハッキネン。
この年はファンジオ以来の3連覇を懸けて挑んだシーズンだったが、序盤戦は不調。
それでも表彰台をキープし、ランキング首位のシューマッハに喰らいついていた。
そして夏のシューマッハ失速。ハッキネンの3連覇の夢が現実味を増してきた。
ハンガリーで快勝し、乗り込んできたベルギーGPの舞台はスパ・フランコルシャン。
3連覇に向けて取りこぼしが命取りとなるこのコースでハッキネンが鬼神の走り。
セーフティーカー先導の中、レースはスタート。ハッキネンが独走態勢で飛ばしまくる。
しかし、途中で単独スピンを喫し、1位の座をシューマッハに明け渡す。
リタイアという最悪の事態は免れ、そこからハッキネンが首位奪回に向け猛追を開始。
40周前後にはシューマッハの後につき、隙あらばいつでもパス出来る体勢を作った。
そして幾度と攻防が繰り広げられたが、遂に41周目にドラマは起きた。
ストレートエンドで周回遅れを挟んで、アウトからシューマッハと一緒に抜き去った。
歓喜に沸くマクラーレン陣営。このオーバーテイクは鳥肌が立つぐらいしびれた。
20世紀最高のオーバーテイクとも称される。ハッキネン恐るべし。
レースはシューマッハを抑えてハッキネン連勝。
この時はまだ3連覇に向けて視界良好かに思えた。

順位 No. ドライバー マシン
1位 ミカ・ハッキネン マクラーレンMP4/15・メルセデス
2位 ミハエル・シューマッハ フェラーリF1-2000
3位 ラルフ・シューマッハ ウィリアムズFW22・BMW
4位 デビッド・クルサード マクラーレンMP4/15・メルセデス
5位 10 ジェンソン・バトン ウィリアムズFW22・BMW
6位 ハインツ・ハラルド・フレンツェン ジョーダンEJ10・無限ホンダ



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2005年第18戦日本

アロンソとライコネンのタイトル争いも終わり、迎えた19回目の鈴鹿。
新王者アロンソ、ポールポジションを獲得したトヨタ、佐藤琢磨に注目が集まる中・・・
一方のライコネンは、予選の雨に祟られ17位と後方に沈む。
誰もが優勝には程遠いと実感していたし、表彰台に乗れれば御の字だと思っていた。
レースは珍しく鈴鹿でセーフティーカーが2回も導入され、波乱の展開を見せ始める。
今季不振の琢磨が序盤で戦線離脱、トヨタ勢もPP獲得して燃え尽きた感がある中、
魅せてくれたのは05年のタイトルを争ったアロンソとライコネンの2人。
アロンソは130Rをアウトからシューマッハをパスする離れ業を見せ、
更にストレートでは芝生に乗り上げながらもウェバーをパスする怒涛の走りで3位。
ライコネンに至っては対シューマッハ、対フィジケラで見事な速さでパス。
その結果、鈴鹿史上稀に見る予選後方からの優勝を飾ったライコネン。
近年、コース上でバトルが減る中、久々に興奮するレースを繰り広げた2人は凄い。
05年19戦の中でも最高のレースと言っても過言ではないだろう。
生観戦出来た人が心底羨ましかった(苦笑)

順位 No. ドライバー マシン
1位 キミ・ライコネン マクラーレンMP4/20・メルセデス
2位 ジャンカルロ・フィジケラ ルノーR25
3位 フェルナンド・アロンソ ルノーR25
4位 マーク・ウェバー ウィリアムズFW27・BMW
5位 ジェンソン・バトン BAR007・ホンダ
6位 14 デビッド・クルサード レッドブルRB1・コスワース
7位 ミハエル・シューマッハ フェラーリF2005
8位 17 ラルフ・シューマッハ トヨタTF105B



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